札幌太田病院創立者
太田清之生誕100周年記念事業
太田清之著作集
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関連文集:「太田清之著作集」より

ウタラ 第9號 昭和15年12月
 すみや記
 

 「すみや記」は「炭焼き記」である。当病院の玄関の右手に一段歩位の窪地がある。その窪地と平地の境目に、本年春から炭窯を二個築造した。一個は小さくて一回製炭量三十五貫、他の一個は大きくて、製炭量七十五貫である。本年になって、木炭の供給が非常に円滑を欠き、一ケ年四千五百貫を使用し、特に冬期の暖房として木炭のみに依存している当院としては、木炭不足は誠に由々しき大事であった。処が一方炊事用、ストーブ用の薪の中で、木の根とか節の用な部分で、捨てる事も出来ず始末に困って居るものが、開院以来相当量に達して居る。これを利用して木炭を作ろうと考えたのである。患者の中に二人の専門科が居った。一人は岩手県の躁病、一人は秋田県の精神分裂病である。共に入院以来の加療に依り、次第に軽快して、不日退院出来ると言う人である。この二人を先生とし、看護人達の二三の有志が手伝って、製炭業に取掛ったのである。炭窯は簡単の様だが、仲々面倒である。就中煙出と天井の工合は相当こつが要る。初窯では先に薪を入れてから、天井を張る。二回目からは天井は出来て居るので、燃口から中に這入って、薪を積む。薪を入れ終わると燃口を半ば泥で封じ込めて、いよいよ火入れである。やがて煙出からはもくもくと白煙が立つ。時間と共に煙は熱度を増し、臭気も強くなる。普通の生木ならば八十度位、松ならば百度位になるまで火を続ける。その間煙の工合に絶えず気を付け、吸込みの悪い時は「蟹の目」と称して、煙出の左右に副孔を開ける事もある。斯くて三四時間後、大丈夫火が這入った、となると燃口の火は消して、二寸四方位の小さい風孔を残して、燃口をすっかり泥で封じ込める。それから三四日間、炭の出来、不出来に最も関係ある大切な期間となる。煙の工合に絶えず注意を払い、それに依って、風孔や、煙出の口の大小を色々と加減する。夜中でも安心は出来ない。二時間毎位に見廻る。雨でも来ると、屋根を掛けねばならぬ。煙は白から黒みを帯び、やがて透明に近い紺青色となる。間もなくこの色も見えなくなって、煙出からは、春の陽炎の様な熱気がゆらゆらと立ち昇る様になる。炭は完成に近い。風孔も煙出も泥に依ってすっかり封じ込まれる。空気の流通を完全に遮断して二日乃至三日、窯上の熱度も次第に衰へてくる。窯はもう熱くない。炭は出来たのである。窯開きだ。燃口の泥をばらばらと落す。ぽかっ!と開く大きな口の奥に、出来たてのほやほやの木炭が見える。一人が中に這入る。金属製の音も心持よく、立派な木炭がどんどん出される。俵に詰める。重さを量る。締めて七十二貫。今日の出来は少し悪い。之は火を消してからの煙出の開き方が、少し不足であったかも知れない。一週間乃至十日の苦心が報いられて、出来上がった木炭の山を目の前に看護人、患者一同お茶をのみのみ食う大福餅の甘さ。

 この頃は最初の目的の不要の薪の根っこもなくなった。そこで一ヶ月毎に二里離れた山まで行って生木を買って来る。患者五、六人看護人二人馬車に乗って、早朝出掛けて夕方生木を積んで帰る。仲々よい遠足であり、よい作業療法だ。この頃の木炭の公定価格が四貫俵雑枡で二円三十五銭、松で一円九十二銭である。それをこうして焼くと平均大概一円五十銭位で済む。病院としては、物置小屋は整理出来るし、木炭は確保出来るし、安いし、正に一石三鳥である。然し欠点もなくはない。策一に炭窯附近の畑の作物が煙のために全滅した事だ。作業掛長が多く患者と共に、苦心して作った大根や枝豆など、煙の毒瓦斯に当てられて、枯れてしまった。窯を中心に五間四方位の作物は駄目である。それから夜中も起きて、見廻らねばならぬのが、腦病院としては、相当の負担である。然し之等の欠点を認容しても、炭焼きの利益の方が大である。その中に炭窯の上の熱気を利用して、温室を作ったり、或いは炭熱を利用して、何か焼物をしようと計画して居る。

 腦病院で作業療法に炭焼をやっているのは、当院を以って最初とするであろうと、大いに頑張って居る次第である。最初炭焼をやった患者達は、とうに退院した。今は看護人が主となって、患者と共にやって居る。彼等の一人が大福餅を食いつつ言うことには、「腦病院に入院して、炭焼を教えて貰うとは思わなかった。然しよい事を覚えた。」
と。実際私も初めて覚えた炭焼である。医者で食えなくなったら、私も山に這入って、炭焼を初めようと考えて居る。呵々!。





馴れぬ場所なれぬ看護婦なれぬメス一汗かきぬ手術終わりて ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
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太田清之著作集
札幌太田病院創立
40周年記念

発行:昭和59年11月11日


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