札幌太田病院創立者
太田清之生誕100周年記念事業
太田清之著作集
サイト内検索: 
HOME当時の論文・コラム関連文集イメージギャラリープロフィール
HOME 当時の論文・コラム 関連文集 イメージギャラリー プロフィール
 
 
関連文集:「太田清之著作集その他」より

昭和13年6月25日 秋田県日赤医学会
 秋田県に於ける酒精中毒
 

緒言 (一)
 酒は人類とともに発生した。古事記や聖書の如き、人類の有する最も古き書物の中に、既に酒に関する多くの記録が残されて居る。そして酒の人類に及ぼす影響に就いても、数多くの考察がなされて来た。然しそれは多くは宗教的乃至文学的研究であつて、酒精中毒に之に伴ふ精神異常に関する科学的研究、就中臨床的、実験的及び解剖学的研究は、最近三十ヶ年間の業績に依るのである。夫故に酒精中毒の個々の点に関しては、今日尚不明な点が少ない。例へば我国に於ける精神病院収容者中には酒精中毒が甚だ少なく、又その臨床像もしばしば欧米のそれと、異なる所が多いと言ふ。又同じ日本人であっても、内地に比すれば、北海道や満州に於いては、酒精中毒数及びその症状が少しく異つて居ると言ふ。以上の如く酒精中毒が民族に依り、又は地理的関係に依つて差異を示すと言ふ事は事実であるが、その理由に就いては不明な点が少ないのである。夫故に我国内地の一僻陬地として、古来特殊なる一地域を劃し来つた秋田県に於ける酒精中毒は、それ自体研究の対象として一定の価値を有するものである。尚茲に特筆大書せねばならぬ事は、秋田県に於ける酒精消費量が他県と異り、著しく多量なことである。秋田県に於いては単に清酒の消費量が他県を著しく凌駕するのみならず、濁酒密造の件数、石数及び罰金額から言つても、他県とは著しく事情を異にし圧倒的に多数となつて居るのである。第一表及び第二表は秋田税務署の好意に依り作成したものであるが、単に比較を東北六件に限つてみても、一見秋田県の酒類消費量が他県に比し、著しく多量なる事が了解される。即ち清酒に就いて之を言へば他県に於いては、人口一人宛平均一年五升乃至六升の清酒を用ひるに反し、秋田県のみは八升となつて居るのである。又濁酒に就いて之を言へば、他県に比し五倍乃至十倍となつて居り、濁蜜王国秋田の真面目を発揮して居る。実に秋田の濁酒は日本一であつて、全国の半以上を占めて居ると言ふ。そして検挙せられた量と約同量の濁酒が密かに飲用されたものと看做すならば、秋田県人の酒精消費量は、驚く可き量に達する事が想像に難しくないのである。

 以上の如き酒精乱用地域に於ける、酒精中毒の研究は一度はなして置く必要がある事は勿論であつて、或るひは之に因り従来不明であつた本病の本態に、何ものかを附加し得るのではあるまいか、と考へる。或ひは本県生産の清酒や濁酒の質の問題、或ひは酒精過飲が中毒以外に、如何なる害毒を人生に興へつつあるかと言ふ問題にも、触れ得るかも知れない。従来我国に於いても、特にある宗教団体は飲酒の害を強調して、禁酒せねばならぬと主張する。果たしてその実際的の根拠が存在するものであらうか。禁酒の主張は清酒中毒も甚だ多く、且つ重症者の多い欧米に於いてこそ勿論必要であらう。然しこの事はそのまま我国或ひは我秋田県に当簸る事があらうか。今日迄の文献を見ると、我国に於いては、酒精過飲に因る一時的の脱線行動や動脈硬化の誘発等はあつても、酒精中毒性の精神異常は極めて少ないとされて居る。我秋田県に於いては如何であらうか。


研究材料 (ニ)
 私が茲に研究材料として、選んだのは秋田県立代用秋田脳病院の入院患者である。本院は秋田県に於ける唯一の精神病院として、昭和六年六月一日開院以来、本年五月末日を以て、満七ヶ年を経過した。その間に入院した患者数は、再入院を除いて六百七十名である。その中酒精中毒は僅かに十一名であつて、入院患者総数に対する百分比は僅か一・六%に過ぎない。今この数値をほかの民族及び我国従来の文献と対比したのが第三表である。

 即ち我国酒精中毒数は欧米に比して極めて少なく、又我秋田県も内地人中に於いて、決して多くの酒精中毒を有するとは言へない。表に示す如く内地人としては、満州に於けるものが最も高く、次いで北海道及び新潟が高い。我秋田県はその次に位し、東大、松澤病院及び京城大よりは高くなつて居る。又三宅博士の全国精神病に於ける統計は、その平均二・一%であるから、秋田県は全国の平均よりも、酒精中毒が少ない事になつて居る。


酒精中毒者の臨床像 (三)
 私が経験した秋田券の酒精中毒者の臨床像は大約第四表に示した通りである。今その中主要なるものを挙ぐれば次の如くなる。
年齢。最低二十七歳、最高六十五歳、平均四十二歳である。酒精中毒に罹患までには相当の飲酒年数を必要とするから比較的高年者であるのは当然である。之は従来の文献と大差がない。

 飲酒年数及び酒量。之は勿論確然たる数字を挙げ得ないが、年数は五年乃至三十五年。酒量は一日一−二升より斗酒に及ぶ。中毒を発する迄には、勿論その質素にも依るであらうが、多量の酒の多年に互る過飲を必要とする事が判る。今日迄の文献でも同様である。酒の種類は全部清酒特に秋田酒である。只第五例はその外に「ウイスキー」を用ひ、第六例は相当量の濁酒を用ひて居る。尚この外に濁酒を飲用した事は大体確かであるが、之を否定して居るものに第四例がある。然しその外に濁酒を飲用した者はない。第四例が濁酒を用ひた者としても、濁酒に依る中毒が僅か二例に過ぎないと言ふ事は、濁酒国秋田県にとつて、一見矛盾した如き事実である。

 病名。周知の如く、酒精中毒には軽症なるものから、重症なるものに至る迄各種の病名を区別して居る。そしてこれらの病名病型にも互に混合型や移行型があつて、純型の少ない事も周知である。私もこの点を考慮しつつ、その主徴候から診断し区別したのが第五表である。表示する如く、秋田県に於いては比較的軽症である病的酩酊及び急性幻覚症が大部分を占め、重症酒精中毒は振顫譫妄が一例あるのみである。その他には酒客嫉妬妄想があるが、酒精癲癇、中酒精痴呆、korsaow氏健忘症候群及びWernickc氏出血性上脳灰白質炎の如き重症者は一例も見ないのである。この事は北海道及び満州とも異なつて居る所であつて、我秋田県に於いては、酒精中毒が絶対的にも相対的にも少ないのみならず、その症状も他に比して著しく軽いと言ふことが出来るのである。

 遺伝関係、発病前性格及び誘因等に就いては、第四表に示す如く特記す可き事がない。只酒精中毒の如き主として外因性の疾患も,尚相当の素質上の負因を有する事に気付く。そしてこの事は既に多くの文献に依つて明らかにされて居る所である。

 著明なる精神症状を幻覚、朦朧状態及び妄想に区別して表示したが,病的酩酊者にあつては、例令之等の症候があつたとしても、入院当時には既に消失して居た。又急性幻覚症にあつても、その激しき幻覚は入院後治療に依り間もなく,痕跡もなく消失するものが多かつた。只第九例のみは例外であつて、之は後に詳述するが,退院後も今日に至る迄尚未治であり、激しい被害妄想を有するものである。

 身体的徴候としては各種のものを注意し、表示したが、その中重要なるものを挙ぐるれば、瞳孔は入院当時何れもその対光反応が不良であつた。然し患者の酒嗅の消失する頃には、大抵正常となつた。腱反射の消失、筋肉の圧痛などの神経炎の症候も、期待に反して,比較的少なく、入院当時に証明した蛋白尿も入院間もなく消失するのが常であつた。血圧の病的に高いものは只一例に過ぎなかつたが、血液のWassermann氏反応は四例迄陽性であつた。但しこの場合は常に脳脊髓液を検査したが、常に正常の反応を示した。之等の黴毒は、永年の飲酒に伴ふ不潔なる交遊に因る感染であつて、酒精中毒の本態とは直接的なる関係はないものである。


酒精中毒の発生の季節関係
 酒精中毒の発生には季節的関係があると言はれる。Didjurgeitは九月、十月に多いと言ひ、Bonhoeffer-Jesk及びPolischは七月より九月に多いと言ふ。その理由として夏期には摂取された酒精が充分酸化されないためであらうとBonhoefferは言ふ。田村氏は満州に於ける酒精中毒の発生には、特に季節的差異を見て居ない。但し急性幻覚症が冬と夏に稍々多いと言ふ事を見て居る。我秋田県に於いても大約之に似た結果を示した。即ち第六表は再入院及び再三入院を二回及び三回として計算して、入院月を月別に示したものである。表に示す如く、二月、三月及び七月、八月が大部分を占めて居る。この二月、三月は秋田県に於ける旧の正月に当り、七月、八月は同じく盆に当たつて居る。この年二回の機会は年中労働を続ける農家人にとつて、最大の慰安日であつて、一般人も酒に親しむ事が多いのである。夫故に慢性酒精中毒者も、この機会に平素より更にその酒量を増加する事となり、遂に精神に異常を呈して、病院に送られるに至るのである。夫故に秋田県に於いては、酒精中毒の季節的発生は、満州に於けるものと相似し、主として風俗習慣に依るものであつて、気候その他の生物化的意義は少ないと言ふことが出来る。


転帰
 本病の転帰は屡々不良であつて、特に重症病型であるKorsakow氏健忘症群やWernicke氏出血性上脳灰白質炎には死亡例も少なくないのである。然し秋田県に於ける本病の転帰は一般的に良好であって、第七表に示す如く、大部分が入院後間もなく諸症候消失し、再発する事はあつても、兎に角一度は全治又は軽快して退院し、一例の死亡例もないのである。この点は欧米及び満州などなど、著しく事情を異にして居る点である。只第九例が未治である。然し本例は他の純酒精中毒とは異り、急性幻覚症に引き続き、精神分裂病を発生したものであつた。斯の如き症例は今日までの文献にも、決して少しとしない。Bonhoefferが酒精中毒を目して、外因性反応型の一なりとなしたに対し、Bleuerは外因性反応型の中より、情緒の易変性を伴へる素質が、酒精に依つて表面化する如きものを除外す可しとなし、特に酒精中毒と精神分裂病との関係に注目して、酒精中毒者中には、約十%の分裂病を含むと説いた。そしてこの事はSchroceder、Kielholz、Gracter等も認める所である。又Binswangerは清酒中毒者の性格に注目し、特にKretschmerの性格論に順據して、分裂性酒精中毒の甚だ多きを説く。我国に於いても、かかる異型の酒精中毒は既に服部、光及び田村等の諸氏に依つても報告されて居る。私の第九例は、全く之等の諸例に相当するものであつて、十一例中の一例であるから、Bleuerの言の如く約十%に当つて居る。今第九例の病歴を詳述すれば次の様である。


症例
 患者は三十二歳の歯科医で、尚独身である。父親と言ふ人は所謂分裂性性格者であり、冷酷なる金満家として常地では知られた人である。又本人の長男は二十五歳の頃精神に異常を呈したが、今は鎮静して居る。然し尚多少とも、性格異常が残って居る。既往暦としては、二十一歳の頃腸「チフス」、二十三歳の頃淋疾を病んだが、黴毒は否定する。性格は温厚、内気且つ寡言であって、人好きのする方ではない。日本歯科医専を卒業後、自宅開業、母校講師等をやつたが、永く続かず、その後横須賀や千葉等にも開業したが、何れも飲酒のために、失敗した。

 酒は卒業と前後して飲み始めたのであるが、忽ら上達し、殆んど書夜を頒ず飲み続ける。一度に一升や二升は平気であり、飲友達でもあれば、斗酒尚辞する事がない。職を放擲して顧ず、全く酒の中に溺れて暮らして居た。昭和十一年八月盆の祝酒に平素の酒量を超える程の過飲があつた所、急に激しき幻覚が現はれ興奮著しく、遂に家人に伴はれて入院した。入院後間もなく、幻聴は消失し、興奮も去り、約二ヶ月の後には体重六瓩を増加して軽快退院する事が出来た。然し退院後間もなく、私や家人の誠意ある制止にも拘らず、再び飲み初め、忽ち前回にも優る酒量となつた。そして同年十二月中頃、再び急激なる幻聴の出現となり、これに伴ひ強い被害妄想も現はれ、街中を叫びながら走り、興奮、拒食、制することが出来ないので再入院を余儀なくせられた。当時は激しい幻視幻聴があり、独語独泣、興奮して医師の前に平伏し、「助けてくれ。」「俺は殺される。」と哀願する様な事が繰返された。又「自分の睾丸を盗むものがある。」「自分の陰部の臭気が嗅気が六里四方に廣まった。」「その為に恐れ多くも明治天皇の聖蹟を汚し奉つた。」など荒唐無稽な考えを持ち、しばしば自殺企画があつた。入院後は種々なる加療に依り、次第に鎮静して来たが、幻聴はどうしても取れず、加ふに独語独泣は続き、考慮の支離滅裂、感情の鈍麻も次第に表面化して来た。かくて再入院六ヶ月後には、完全なる緊張病の型を示すに至り、未治のまま退院した。その後一ヶ年の今日に於いても尚未治であると言ふ。

 即ちこの例は所謂分裂性酒精中毒であつて、急性幻覚症に引き続き眞正の精神分裂病を発したものである。夫故に本例は酒精中毒の純型とは言ひ得ないのである。酒精に因る急性幻覚症は、その急性期にあつても精神分裂病と区別困難な事があつて、E.Meyerは精神分裂病の機転が酒精と同一なる大脳局所を犯すからであらうと言ふ。


(四)
 以上の如く、中には経過の不良なるものではないが、秋田県に於ける酒精中毒は、一般に数も少なく、症状も軽く、又治療に依り容易に軽快するものが、大多数を占めることは事実である。他県に比して、酒精消費量が断然多い本県にあつては、多くの重症酒精中毒があつてよい筈である。この二つの矛盾せるが如き事実は、如何に説明す可きであらうか。私は今次の如き理由を挙げて、この説明を試みたいと思ふ。


飲用酒精の量
イ、飲用酒精の量と質
 酒精飲用のないところには酒精中毒はない。例へば、瓜哇土人の如きは之である。反之酒精過飲ある所には、中毒の多いのは勿論である。対戦前獨乙に於いては、人口一人に就き、一日平均純酒精二十九竰を飲用する割合であつたと言ふ。之は女、子供その他総人口の数字であるから、実際飲用する成年男子としては、極めて多量の酒に当るのであつて、それだからこそ二十−四十%と言ふ如き、多数の酒精中毒者を出して居たのである。今之を我秋田県に比較すると、秋田県人は一年間に人口一人につき発祥四号の清酒を飲用する。清酒には十五%の純酒精を含むものとして、一年二千三百六十三竰となり、一日平均とすれば僅か六・四竰となる。今是と約同量の濁酒を飲用したとしても、戦前の獨乙人の半にも達しないのである。秋田県人の酒精消費量が他県に比し、如何に多量であると言つても、尚多数の中毒者を出すには至らないのも、又当然と言ふ可きである。

 又飲用酒精の質については、大部分が豊醇を以つている秋田銘酒であり、稀に濁酒を用ゆる者があつても、酒精含有量の高い酒類を用ゆることの少ないのも、確かに中毒の少ない原因でなければならぬ。尚秋田県人の中には、種々なる麻醉性の薬草を酒に加えて飲用し、酒精過飲を不知不識の間に防止して居るが如き農民の事を付加して置きたい。彼等は之等の薬草を酒に加はへる事により、少量の酒で短時間の中に、求める程度の醉を得る事を知つているのである。

 以上の如く、秋田県に於ける酒精中毒の少き理由の一つとして、欧米に比し飲酒量の少なき事及び飲用酒精の質の良好なる事を数へ得るであらう。


秋田県人の酒精に対する抵抗力
ロ、県人の酒精に対する抵抗力
 田村氏は満州に於ける日本人の酒精中毒の出現率が、近年獨乙人の夫に近いことから考へると、日本人が特に酒精に強い抵抗力を有するものとは、考へられぬという。然し一方飲用酒精の量及び質を考慮の外に置いても、文化の程度の高いもの程、酒精中毒に罹り易い傾向のある事も、第三表を瞥見する事に依り、容易に肯ける事と思ふ。即ち欧米人に最も高く、次いで内地人であり、朝鮮人や満州人或ひは瓜哇人は更に少ないのである。「アイヌ」人は酒精過飲者であるが、酒精中毒はないのである。以上の如くして、文化民族程酒精中毒が多いことは事実である。この理由として、若し吾人の想像が許されるならば、文化的生活が吾人の脳髄を過労せしめて、所謂變質を作り、この變質が更に酒精の過飲を惹起し、斯くて文化人の酒精に対する抵抗力を減じ、文化人に酒精中毒者が多くなるのではあるまいか。斯の如き仮説を以つて、我秋田県人の文化を考察するならば、秋田県人特にその大部分を占める農民が、文化の高い生活をしているとは決して思はれない。数百年以来の旧態依然たる生活であつて、その進歩は假令あつたとしても、実に薇々たり遅々たるものがあるのである。通風採光の少ない家屋、不衛生なる排水設備、非科学的栄養、旧暦の墨守及び濁酒の密造寺、一としてその証左でないものはない。何れにしても、秋田県人の酒精に対する素質は、ほかの未開発の民族と同様に、可成強い抵抗力を有するものと言ひ得る。それだからこそ、多量の酒精の飲用に依つても、酒精中毒は少なく、症候も軽るく、且つ治療に依つて容易に治癒し得るのである。


気候、風土及び習慣
ハ、気候、風土及び習慣
 気候の寒冷なる地方に酒精中毒が多いと言ふことは、多くの文献にも見られる所である。例へば同じ内地人でも、満州や北海道の如き寒冷地に於いては、酒精中毒が一般内地に於けるよりも、少々多くなつて居る。秋田県に於いては、その一つの反証となる。即ち秋田県は可成寒冷であるが、酒精中毒は甚だ少ないのである。

 之に反して秋田県に於いては、習慣と酒精中毒とは密接な関係あることを示す。即ち前述の如く、秋田県に於いては、旧正月と旧盆とに、特に本病が発生しやすい傾向を示すのである。夫故に田村氏の言の如く、気候風土は酒精中毒発生には、大なる下る影響なしと言ふ事が出来る。


食物
ニ、食物
 内村教授は本邦に酒精中毒の少ない原因の一つとして、本邦人の含水炭素食に言及された。そして石橋助教授は、このことが酒精中毒の極めて少ない瓜哇土人にも、当篏ると言はれた。即ち瓜哇土人は回々教徒であつて、豚肉は一切喰はないし、獣肉や魚肉を摂取しても極めて少なく、主として含水炭素を喰つて居ると言ふ。秋田県人にも、この事はよく適合して居る様に見える。秋田県人の米飯の食振りは驚嘆に値する。そしてその割合に蛋白性の副食物の摂取は甚だ少ないのである。例えば迷信から獣肉を食ないものが、多数あるのである。そしてこの米飯の含水炭素は肝臓機能の最もよき保護者となる。実に酒精又は是に因って第二次的に発生した毒素が、容易に脳を犯すための条件として、肝臓障害を挙げて居る著者が少くない。例へばBonhoeffer、Bostroem、Binswanger、Wagner von Jauregg及びKreapelin等は之である。又 Max de Crinisは利膽剤Decholinを酒精中毒に使用して、有効なりし事を報告している。その他下田氏や宮坂氏は胃癌手術後に、酒精中毒に見られると同様なKorsakow氏健忘症候群を起こした症例を剖見し、その何れにも、癌腫の肝臓移植に因る、著明な肝臓障害を見出している。

 要之、秋田県人に酒精中毒の少ない原因の一つとして、その極端に近い含水炭素食を挙げる事が出来ると思ふ。


要約 (五)
 以上の如く、秋田県に於ける酒精消費量が、他県に比して甚しく多量なるにも拘らず、
酒精中毒数は極めて少く、且つ軽症者が大部分で重症者がなく、治療に依つて軽快するものが多いのである。夫故に酒精過飲の影響が一見全くないかの如く見える。然し秋田県に於ける酒精過飲は立派にある影響を県人に与へて居るのである。然らば酒精過飲は如何なる方面に影響を与へて居るか。私は是が県人の動脈硬化又は脳出血の多数と言ふ事実として、表現されて居るものと考へる。本邦に於ける、脳出血の地方的分布に就いて、丘村氏は、関東地方より東に向ふ程増加し、特に秋田県に多いと言つて居る。実際私共の日常診療範囲や友人医師の談話に依つても、秋田県人の動脈硬化、脳出血及び高血圧は可也多数なのである。進行性麻痺の如き黴毒性疾患にも高血圧を伴ふことが少なくないことは既に私の発表した所である。之等の動脈疾患を、私は酒精過飲の結果と考へたい。但し私の経験した酒精中毒者に高血圧者の少なかつた事は興味ある事実である、茲にも素因と言ふ事の重大性が、問題となるであらう。

 以上の如く秋田県に於いては、酒精過飲は動脈硬化、脳出血及び高血圧として表現せられ、酒精中毒としては大なる意義を要求し得ない状態にある。動脈硬化、脳出血及び高血圧は勿論全く酒精を摂取しない人にも、出現するものであるから、その責を悉く酒精に帰せしめる事が出来ない。反之酒精中毒はその責の大部分が酒精そのものに帰せらる可きは、言ふ迄もない事である。斯くの如く観じ来る時、秋田県に於ける酒精過飲は、その影響が極めて僅少であると言ひ得る。少なくとも現在の如き生活様式が持続される限り、現在の如き酒量に因つては、欧米に於ける程多大な被害はないと言ひ得るのである。

 けれども、酒精中毒と言ひ、動脈硬化と言ひ、或ひは脳出血、或ひは高血圧と言ふ如き、酒精過飲の悪しき影響が、少しでも認められて居る以上、禁酒と言ふ事も主張されてよい。出来るならば禁酒論者の言ふ如く、酒精飲料は廃止するのが理想的であらう。

 然し乍ら又一方、一年中を過激な労働の中に暮し盡し、しかも何等の慰安なき東北の農民から、唯一の慰と希望とを奪はねばならぬ程、酒の害毒は大ではない様である。

 只濁酒密造は事、國法に関する限り、益々取締を厳にす可きであらうし、又この非常時局下にあつては、出来る限りの節酒も当然の事として、励行さる可き事であらう。


総括 (六)総括
(一)秋田県人は他県人に比して、飲酒量が格段に多い。濁酒密造の如きは、その件数、石数及び罰金額から言つても日本一である。


(二)それにも拘らず、酒精中毒者は極めて少く、秋田脳病院に於いては、満七ヶ年に只十一例の中毒者を収容したに過ぎない。この数は入院患者総数に対し、僅か一・六%に当り、日本内地の平均二・一%より低いのである。


(三)秋田県に於ける酒精中毒は、一般に甚だ軽症であつて、入院治療に依り、大部分が軽快又は全治した。


(四)只一例のみが未治であるが、之は酒精中毒に続発した精神分裂病であつた。


(五)酒精中毒者の入院月は大部分二月、三月及び七月、八月であつた。之は秋田地方に於ける旧正月及び旧盆に当たる。


(六)秋田県に於ける酒飲量が、他県に比して甚だ多いにも拘らず、酒精中毒が著しく少なく、軽症者が多くて、大部分が容易に治癒する理由として、次の如きものが考へられた。


(イ)秋田県に於ける飲酒量が多いと言つても、戦前の濁乙などに比すれば尚甚だ少きこと。酒量の節減を目的として、種々なる麻酔作用ある薬草を用ゆること。秋田酒そのものが良質なること。


(ロ)秋田県人の酒精に対する抵抗力が強きこと。即ち素質が酒精中毒に罹患し難しき
こと。


(ハ)秋田県人の食物が主として、含水炭素であつて、之が肝臓機能の被護者となり、以つて中毒を抑制すること。


(七)秋田県人の酒精過飲は、酒精中毒としてではなく、寧ろ動脈硬化、脳出血及び高血圧等として現はれて居る。


(八)何等慰めなき東北の農民から、唯一の慰安を奪はねばならぬ程、酒の害は大きくはないない様に思はれる。

 尚本論分の要旨は昭和十三年六月二十五日秋田県日赤医学会で講演した。





馴れぬ場所なれぬ看護婦なれぬメス一汗かきぬ手術終わりて ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
このページの書籍
 
太田清之著作集その他
太田清之著作集その他
秋田県に於ける酒精中毒資料


注意事項
本ホームページは太田清之(1903〜1961)が発表した文献を掲載しているため、記載されている情報は現在の医療規則・法律よりも古いものです。




ページ上へ 前のページへ

HOME当時の論文・コラム関連文集イメージギャラリープロフィール

本ホームページは太田清之(1903〜1961)が発表した文献を掲載しております。

Copyright (c) 2004 kiyoshi-ohta All Rights Reserved.
HOME 当時の論文・コラム 関連文集 イメージギャラリー プロフィール