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関連文集:「太田清之著作集」より

昭和33年12月 医家芸術
 財布を掏られた茂吉
 

 一九二一年(大正一〇年)一〇月二七日、当時四〇歳の斉藤茂吉は熱田丸にて横浜を出帆し、一二月一四日マルセイーユ着、巴里を経て、一二月二〇日ベルリンに到着。アレマミア・ホテルに投宿した。同二九日ハンブルグよりの帰途、汽車中にて、財布を掏模に盗まれて大騒ぎをした。この詳細は茂吉自身の次の二葉の手紙によって明らかである。この二葉の手紙は色々な意味で興味深く、しかも今日まで全く発表されたことのないものである。宛名はハンブルグのオーベルベック街二〇番地に住んでいた及川夫婦である。

 拝啓、只今帰宅仕り、御電話の趣拝誦仕り候。確かに汽車中にてやられて、帰宅後まで気づかずに居りしものに御座候。二等六人乗りにて最後まで乗り居り候か、ああ言う仕事をなすものは数人組み居るよしゆえ、ウイッテンベルグのあのプラットホームにて、快感のビールを傾けしものと存じ候。

 いれものは横浜正金より呉れし赤色皮製の財布にて、それにKredit brief東京よりもち乗れるものと、昨日Hamburgにて作りもらいしもの、その他信用状づきの帳面二冊、用紙等、その外日本の百円紙幣数葉あり候。いつもは要心して、決して上着のポケット等には入れしことなきに、あの日に限り、いそぎしため、上着のポケットに入れ、外套をぬぎ、途中にて居唾いたし、半眠半醒の状態にてやられ候。

 今朝電報など打ち、実に失礼いたし候が、電話にては午後の六時頃までかかるとの事故、つい電報にいたせし次第ゆえ、悪からず御寛容の程願上候。

 今日は友人の意見により、貴堂、平野支店長に打電し、一方Deutsch BankとNational Bankにまいり、取引先に注意する様願い、電報うちもらい候。他のところはHumburgの正金銀行より、ロンドン、リオン等に打電を願えと教えられ候。今夜友人とその知人をたづね候ところ、信用状は行旅免状(パスポート)がなければ、金はうけとられない故、何とかなるならん、平野支店長に御願いして、前後策を講ずる様、貴堂に御願いせよとのことにて、実に失礼の極みなれど、ご通知旁々御願い仕り候間、何卒御研究の程願上候。

 東京のおやじには二、三日の後に通知いたすべく、そうでなくとも、小生の粗忽を心配して、出発の際呉れぐれも訓え候に、いよいよやられたとなると、面目なく、又心配もかけることと存じ、支店長のご意見を伺いて後、通知する考に御座候。何卒奥様の御意見も承りたく候。十月二十九日夜十二時。斉藤茂吉。老川様。奥様。御電話の折は前後策のことを訊ねに友人と外出し居り、只今帰宅せし次第にて失礼仕り候。

 こうして盗まれた茂吉の大切な赤皮の財布は幸にも、次の日××城と言うベルリン郊外に捨ててあるのを発見され、無事茂吉の手にもどることになった。

 拝啓。御多忙中種々御配慮に預り候。信用状につき、今日午前十時頃一人の若き婦人が日本大使館にまいり、伯林の東方の××Scholssというところにて、この財布を捨いたりとて届け候よし、友人が知らせてくれ候間、早速大使館にまいり候に、信用状等一切はその侭保存しありて、現金の三、四百円だけ紛失いたし居り、財布は小生の手元に戻り候間、何卒御案慮下されたく悃願たてまつり候。只今早速手紙をかきて、その婦人にあい、謝礼金も出すべく、又明日独乙銀行ナショナル・バンク、警視庁等へは、友人が手続きして呉れる筈に御座候。盗賊も信用状にては受け取れざるため、大使館に届けたるものの如くに御座候。十二月三十日夜。前田君宅にて。斉藤茂吉。老川様。御奥様。

 この二葉の手紙はよく四十年前の海外旅行者の様子をとらえているし、又人間茂吉の真面目がにじみ出ている。横浜正金銀行ハンブルグ支店長平野氏やベルリンの前田氏などは今どうしていられるだろう。宛名の老川氏は当時既に永く、ハンブルグに住み、船便による独乙上陸の日本留学のため、実によく面倒をみて呉れた人らしいが、この第二次大戦中に死亡された由である。

 なお私は独乙滞在中も吉の書いた葉書と手紙をこの外に二、三所持している。これによると茂吉は大正一一年一月一三日朝ベルリンを出発し、その夜更けてウイーンに到着。ここの大学の神経学研究所に入局して、マールブルグ教授に師事したらしい。笹川氏、原三郎氏及びワイガント教授(ハンブルグ)などの名前が出てくる。これらの手紙は文章も文字も立派であるが、ただ残念なことには、和歌が一つも載っていない。





馴れぬ場所なれぬ看護婦なれぬメス一汗かきぬ手術終わりて ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
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太田清之著作集
札幌太田病院創立
40周年記念

発行:昭和59年11月11日


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