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太田清之著作集
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関連文集:「太田清之著作集」より

昭和33年1月 琴似タイムス
 新春放談
 

 昨年十月の初め、ソ連で人工衛星の打上に成功して以来、世は正に宇宙時代に突入した。そしてやらライカ犬が死んだの、米国では失敗したのと大騒ぎである。しかし私共の眼がはるかなる天空の彼方にのみ吸いつけられて、足下がよろめいていはしないかと、反省せねばならぬのではあるまいか。世界、東洋、日本、北海道、札幌、そして我が琴似と顧みてくると、決して夢にも等しい人工衛星のことばかり言って居られぬのである。

 三年前札幌に合併してから琴似もずいぶん発展した。もう数年前の野菜作りの農家は大部分姿を消し、完全なる住宅地帯に変った。二人しか居なかった医師も既にニ十数名に及び、商店も、とこ屋も、湯屋も沢山出来た。しかし駅前からの本通だけは、どうやら都市としての面目を保って居るが、他の大部分の市街は、都市としての設備を全く持っていない。琴似の人々はここに百年の計を樹てて、子孫の嘲笑をうけない覚悟が必要なのではあるまいか。私はこの新春に当って、今後本町がやらねばならぬ大きな計画を考えてみたいと思う。

 先ず都市計画の完成である。一本の道路をつけるにも、電車をしくにも、利害相反する人々の反対が強い。大乗的立場から少しの利益は捨てねばならぬ時は今である。次いで交通である。五島慶太は札幌の東と南にのみ力を注いでいるが、彼の眼を札幌の西に転ぜしめる必要がある。地下道で四丁目に連絡する事はどうしてもやらねばならぬ。琴似駅の拡張と同時に駅の東側に跨線橋が必要である。私はこの所は跨線橋とはせず、地下道にし、その西側に地下の商店街を作るべきであると考える。次に上水道の必要性はいう迄もない。山手地区に於ける夏と冬との渇水期泥炭地帯に於ける不良飲料水を考えるならば、上水道の設置こそ緊急中の緊急と言うべきである。又文化都市としての下水道の完備、ガスの施設も至急を要するものである。

 更に琴似地区に札幌西警察署を設備し、ここに多くの警官を常備して不安なき住宅地域を作らねばならぬ。夜間婦女が独り歩き出来ないと言う事実は、何といっても琴似の恥ではあるまいか。琴似町の公民館も又必要である。児童会館は飽迄子供達のものである。本町の学校もまだまだ問題がある。宮の森、二十四軒に小学校、今の中央校附近に中学校は新設せねばならぬし、高校も全日制に切替えて独立校舎を持たねばならぬだろう。既設学校の改築も急がねばならぬことは言う迄もない。

 最後に琴似町に公園が必要である。発寒川と寺口山を中心として、あの一帯に色々な施設をして、モナミ公園に比すべき、町民遊楽の地としたい。以上の如く琴似町が札幌の住宅地として完璧な陣容をととのえる時、私共は初めて文化人としての生活が出来るのだ。そこから私共の眼は札幌全体へ、北海道へ、日本へ、世界へ、そして宇宙へと飛躍する基地が出来るのだ。先づ脚下を照呼せよ。ソ連の人工衛星は勝手に廻らせておけばよいのだ。





馴れぬ場所なれぬ看護婦なれぬメス一汗かきぬ手術終わりて ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
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太田清之著作集
札幌太田病院創立
40周年記念

発行:昭和59年11月11日


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