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太田清之著作集
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関連文集:「太田清之著作集」より

昭和31年1月20日 北基金通信
 パリー偶感
 

 パリーのサルピエトル病院は秋であった。その広い前庭の中央には有名なフィルップ・ピネルの等身大の銅像が佇んでいた。マロニエの落葉が静かに散り、沢山の鳩がピネルの頭上や、解放されんとしている精神病者のさし出た手の上に止まったりしている。奇麗に刈られた芝生、そして寺とも疑われる巨大なドームをもつ、この古い建物を背景にして、この銅像の景色は洵に平和そのものであった。東洋からの只独りの旅行者は、我を忘れて、じっとこの景色、この像にみ入っていた。とうとう見る事が出来た。海山幾万里、パリーについたら最初に訪れようと願っていた三十年来の夢が今果たされつつあるのだ。

 彼はふと東洋の祖国の現状を想い出した。ピネルがあらゆる反対をも押し切って、精神病者を鉄鎖から解放したのは、実に一七九二年のことだった。そしてそれから百幾十年の今、彼の祖国では、新医療費体系なるばけものが出現して、精神病者を再び経済的の鉄鎖に繋げりんとしている。社会保険の入院料が普通人三二点になるに拘らず、何故に精神病者は僅か二八点に甘んぜねばならぬのか。彼の祖国はフランスの百年の昔にも及ばぬ程分化がおくれているのか、旅人は暗然とした心持になって再びピネルの像に目をやれば「戦え、あわれな精神病者のために戦え。」とピネルの温顔はやさしく激励してくれるのであった。





馴れぬ場所なれぬ看護婦なれぬメス一汗かきぬ手術終わりて ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
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太田清之著作集
札幌太田病院創立
40周年記念

発行:昭和59年11月11日


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本ホームページは太田清之(1903〜1961)が発表した文献を掲載しているため、記載されている情報は現在の医療規則・法律よりも古いものです。




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