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太田清之著作集
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関連文集:「太田清之著作集」より

昭和22年1月 樹氷 所載
 琴似の自然と人生
 

 琴似の自然を形造る最も大きなものは、何と言っても、琴似の街の南に、屏風の如く竝び立つ山々の姿である。西から東へ、手稲山、寺内山、三角山、札幌岳、藻岩山及び円山と連なって、春と秋、朝と夕、時々刻々、その特有の姿と色を変えてゆく有様は、見慣れた私共も、思わず立ち止まって眺め入る事さえ尠くない。特に三角山は私共に一番身近くそそり立って居るから、春の霞、夏の雨、秋の木枯、冬の雪と時節に応じて、その姿と色を変え、限りなき自然の妙味を見せて呉れる。発寒川や円山川など大小の流れがこれらの山々の屏風から石狩の大平原が東北に向かって、果てしなく拡まって行くのである。

 四月。半歳に亘って積りに積った丈余の雪はみるみる消え始める。手稲山は中腹以上未だ雪に蔽われて居るけれども、麓には霞がたなびき、その霞が三角山の中腹に続き、更に延びて札幌岳や藻岩山々を蔽い、札幌市上空の煤煙と合いして、模糊たる春の風景を現出する。見る間に藻岩山頂が顔を出す、と思うと、身近かな三角山頂が忽霞のうち第に包まれて仕舞う。未だ雪に蔽われた畑に農夫の姿が見える。雪消作業に土を振り掛けるのである。

 発五月。春は盛である。雪は手稲山頂にのみ、光って見える。他の山々は黒い枯木の色から紅に、そして緑に、次第にその色を変じてゆく。そして円山の麓には雪かと擬うこぶしの花が。桜に魁けて策。谷間の小川も水に満ち。寒川は雪融の濁水を集めてそうそうの響きをたて、おぼろに霞む月夜など、ふと遠い温泉地にでも居る様な錯覚に陥る。面には陽炎が立つ。何処の畑にも、馬耕する農夫の姿が見え、その鍬の先が、何かの拍子に春の光を浴びてピカリと光る。雲雀がさえずり、郭公鳥が頻に鳴く。時には身近かな電柱の上に止まって、鳴いて居る事もある。こんな時の琴似の街の空気は清く、空は青い。しかし僅か東南半里の彼方には、札幌の街が見るからに、不健康な煤煙の下に黙々と横はって居る。

 九月の三日は琴似神社のお祭りである。素朴な農家の子供らが晴着を競うて出る街に、西野の農園から西瓜が山と積れてでる。何処からともなく唐黍の香がただよう。野も山も夏の濃き緑から、漸く黄色を帯びた色彩に変わり、それが一日一日と濃くなってゆく。山々が限る南の空のみ徒に青く澄み渡る。寺内山の耕された畑の斑の模様が一年中で最もはっきりするのはこの頃である。何処からともなく桜島の大群が野面を渡る。時には黄ばみ始めたポプラ竝木の枝に一時の急速を求めて居る事もある。ジープに乗ってやって来た二三人のアメリカの兵がズドンと一発何を撃って帰えるのか。

 十一月。秋も深い。れん架を振る農夫の姿が何処の畑にも見られる。霜の夜半に火事かと擬う野原の火には終夜麦を焼く農夫の一家が浮く。山々は黄から紅、紅から黒へと変わり、野面を渡る野分が一度過ぎれば、枯葉が中天高く舞上って荒涼たる冬直前の風景が、その後に寒々と残される。晴れた夜には雁が鳴いて渡る事がある。こちらは未だ晴れて居るのに、手稲山が曇って見えない。「来るな。」と思ううちに、急な時雨の雨足が突然襲って来る。雨の一粒一粒が日に白く輝いて見える。私の立つ五、六間前を時雨が過ぎて行って、然も濡れずに済む様な事もある。突風が起って、急に枯葉を捲き上げたかと思うと、又忽ち元の静寂に返ったりするのもこの頃である。前夜雨が降って、一寸寒かったと思うと、今朝は手稲山頂に白いものを見る。そして雪は藻岩山、札幌岳にも見える様になり次第に里へと迫ってくる。人々は家の北側に厚い板や稲束などで蔽び、野菜を囲い、ストーブを付けて只管冬籠りの用意をする。

 一月。毎日毎日猛烈な吹雪が続く。山々の姿は吹雪にかき消されて全く見えない。電線がピューピューと鳴る。少しの隙間からも粉雪が舞い込む。今朝三角で漸く付けた道も忽ち埋れて仕舞う。一両日交通の止まる事もある。学校の生徒は七八名の隊を作り、互に助け合い乍ら、吹雪の道を帰って来る。窓から覗くと、吹雪が雪原を過ぎて行くのが見える。それを追う様に。柏の枯葉が二つ三つの雪の上を転って行く。鳥が餌を求めて、里の近くに寄って来る。農家の飼犬が寒月に向って、遠吠をする。晴れた日には若者は連立って寺内山にスキーに行く。娘等は晴着姿を、鈴つけた馬橇に乗せて、札幌に映画を見物に行く。然し一般の人々は、小さなストーブを囲み、父祖開拓の昔を偲びつつ稲黍餅を焼き、ビートを煮て、只管に来る可き春を待つのである。





馴れぬ場所なれぬ看護婦なれぬメス一汗かきぬ手術終わりて ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
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太田清之著作集
札幌太田病院創立
40周年記念

発行:昭和59年11月11日


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