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当時の論文・コラム:「随筆:ある精神病医の欧米たより」より

昭和31年10月1日 婦人新報
 家庭に入ったノイローゼ
 

 「子供もかかります 叱るにもよく注意して」
からりとはれた秋日和の一日、山の手の閑静な一角に東に向かって、その瀟洒な姿を背景の山の緑にくっきりと浮立たせている太田病院に、院長先生をお訪ねして、文化病などと呼ばれ、最近家庭内までに入り込んで来たノイローゼ、小児の神経病などについて、いろいろお話を伺いました。

記者:先生、最近家庭にある奥様方のお話をきいていますと、急に人と会うのがいやになり、また買物に出たりするのもおっくうになるとか、人とお話をしていると、目がちらちらして耐えられなくなるとか、いろいろなことが話題となりますが、これがいわゆるノイローゼでございましょうか。
先生:そうですネ、戦後は希望とか夢を持つことができず、一方では原爆、水爆の恐怖にさらされ、経済的にも、逼迫して、労働者は街にあふれているにもかかわらず、贅沢品は店頭にこれ見よがしに陳列され、満足に住む家もない自分に引きかえて、豪華建築がはんらんしている有様でしょう。自分たちの慾望は満たされず、こうしてほしい、あるいはあの品がほしい、と思う心が第二の意識として心に深く潜在してしまう。その結果ノイローゼという現象が起きるのですネ。ですから社会状態が起ち直り、精神、物質に安定を保ち得ればノイローゼはなくなるわけです。現にアメリカなどではノイローゼはほとんどないのですネ。しかし豊かな生活を送り、老後も心配がないので、生活が享楽に走っているために、ノイローゼではない本当の精神病が多いそうですよ。
記者:ではノイローゼは精神病ではないのでございますか?。精神分裂病などとは違うのでしょうか?。
先生:全然違いますネ、これはすぐわかります。ノイローゼは患者からの訴えが非常に多いのです。頭が痛くて困る。人に会いたくない、心臓が苦しい、ねむれない等々。家人にでも医師にでも非常に訴えるのですが、診察してみるとどこも悪くない。しかし本物の精神病患者は、医師が見て大変悪いにも拘らず自分はどこも悪くないと信じている。ここが大違いですネ。
記者:それではノイローゼはどのようにして克服したらよいのでしょう。
先生:心の迷いが身体にいろいろの症状としてあらわれるのだということが自分でわかれば、たいていは治ってしまいます。元来人間の心というものは相当の抱擁力を持っているのですから。戦災で家も焼け、家族が散りぢりになるとか、引揚げの途中で目の前で親子姉妹が惨殺されるとか、言語に絶するひどい目にあっても、大部分の者はどうやら気も狂わずにいるという事実をみても、いかに心というものが強靭な力を持っているかと言うことがわかるでしょう。宗教的に大悟している人にノイローゼはありません。要するに小事にこだわらず、身体の症状を苦にしないことで必ず克服できます。
記者:先生、子供にもノイローゼがあると申しますが。
先生:ありますネ。大体親が発見するのは学校に上るようになってからですが、実は生れて間もない赤ちゃんの時からあるのです。特に乳離れのような時期に工合良く行かないことなどが、大きくなってからのノイローゼの原因になるという説もあります。しかし子供の場合は親の愛情で直りますが、一口に愛情といってもこれがむずかしいので、猫可愛がりではダメです。子供の本能には可愛がられたいという心理が八、叱られたいという心理が二あるそうで、叱られたいというためにわざといたずらをしてみる場合もあるわけですから、親や教師は常に注意を怠らず、悪いことをした場合などでも、よく原因を確かめてから、あくまでも子供の立場になって叱ってやることが大切です。最近は子供のノイローゼを治すということが精神衛生の面で重要視されております。

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 いろいろ有益なお話を伺ってから、先生の御案内で病院内を見せていただきました。完備された手術室、治療室、浴室等。調理室では丁度おいしそうな香をただよわせて五、六人の方が昼食の支度に大童でした。ここでは大体二百人分の食事が作られるそうで、黒板には栄養たっぷりの献立が書かれてありました。病室には全部サンルーム式になっていて明るい朝の日射しが一杯にさし込む広い部屋に、一寸見では病人とも見えぬおだやかな面ざしの患者達が看護婦さんにつきそわれて三々伍々静に座っており、にこにこと病状を訪ねる院長先生に「おはようございます」「先生おはようございます」と嬉々としてあいさつする様子には何かしら胸もとにこみ上げるものがありました。昔のキチガイ病院という言葉から受ける陰惨な感じからおよそかけはなれた暖かい、明るい環境にやさしい先生、看護婦さんに看取られつつ病を癒しておられる患者さん達の再起の一日も早からんことを祈りつつおいとまいたしました。





ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
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随筆:ある精神病医の欧米たより
発行:昭和32年4月10日


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