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当時の論文・コラム:「随筆:狂人と常人」より

昭和14年6月 大阪医事新誌。第十巻。第六号。
 精神健康とは如何なる人か
 

 是は私が北大精神科在局中の若き頃のある日恩師内村先生が抄読会に与えられた題目である。内村先生がどんな御心算でこの様な題目を提出されたかは、勿論誰も知らぬ。只「誰か狂える」の逆を行かれたものだろう位に考えて、私共医局貝は色々な洋書や何かを引っぱって来ては、各々迷論百子万言を費したものだった。そして内村先生はそれに対して色々と追加や質問を繰返された。その時私がどんな事を陳述して、どんな追加や質問を受けたかはもう忘れて仕舞った。然しこの題目だけは、先生の御人格と共に、時に触れ折に応じて、私の心に蘇って来る。その時から既に数年。私も次第に成長して、温かい医局を巣立ちした。世の中に一本立になってみると、医局に居った時の様な暢気なわけには行かなかった。次から次へと心痛の種が湧き出て来た。そうして只々夢中になって、この荒波を掻き分けて、この頃は一寸一息ついた様な心持に居る。今の私に改めてこの課題を与えられるならば、私はもう純粋な精神医学と言う狭い範囲から離脱して宗教的な信念をも、述べなければならぬであろう。真の精神健康者は矢張り聖人偉人と言われる人でなければならぬと考える。基督や釈迦は自我と社会との確執に最も強く悩んだ人達であった。そして基督は自我を十字架上に捨てて敵を愛する事に依って救われた。釈迦はガンジス河畔菩提樹下に端座して、噂の星の光を眺めて、遂に四諦十二因縁の哲理を大悟した。そしてその流れを汲む人々に、大きな安心と立命とを与えて、永久に変らないのである。基督や釈迦こそ最大の精神健康者でなければならぬ。我々は未だ未だ不健康者である。斯く悟る事は自己の罪を知る事である。病識が出来たのである。そして一歩宛でも、真に精神健康に近づかんとする気力が生れるのである。これが修養である。自我を捨てて、社会のために尽さんとする人が精神健康者である。多くの人々を愛する事の出来る人、多くの人々のためになる人が、少ない人々を愛する人、少ない人々のためになる人よりも、より精神健康者なのである。小我に捕われ、私利に走り自己の利益のためには、他の如何なる苦痛をも顧みないものが、精神不健康者即ち精神病者である。我を捨てんとする努力、之が愛であり、精進である。

 私は以上の如き関係を、精神病治癒の経過に比較し得ると思う。精神病者は自己の疾患に対して全く自覚がない。之は小児が自我の塊であって、然もこれに対する認識なきに比する事が出来る。小児が次第に成長すると、社会の実情に依って、自我と社会との確執に悩む。そして遂には自我を或る程度迄捨てんとする努力が生まれる。斯くして一人前の人間が出来上るのである。要するにここで一番大切なのは罪に対する自覚である。病識である。今之を図示すると次の様になる。



 即ち人間を聖人(精神最健康者)と普通人小児及び精神病者の三階級に分つ。普通人を更に良き人と悪しき人とに分つ。悪しき人も他人を愛する事に依って、良き人となる。然し憎悪や慾望によっては、良き人も悪しき人となる。小児は成長に依って普通人となり、黴毒に因って精神病者となったものはマラリア療法に依って恢複する。普通人は真面目に宗教に帰依し、自己を捨てる事に依って聖人に近づき、迷によっては聖人も普通人も墜落せねばならぬ。然し人類としては一般に多少の起伏はあっても向上の一途を辿って居ると見る可きであろう。

 精神健康者とは如何なる人か。この内村教授に対する今日の私の答えは以上の様である。精神健康者とは要するに聖人偉人君子である。そして私共も努力次第では精神健康者になり得るのである。


ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
このページの書籍
 
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随筆:狂人と常人
発行:昭和23年1月20日


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