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当時の論文・コラム:「随筆:狂人と常人」より

昭和13年11月 臨床医学
 早発性痴呆治療法の変遷
 

 精神分裂病は元早発性痴呆と言った。病名がその様に変化してゆくのであるから、当然その治療法も著しく変化しつつ今日に及んでいる。今之の概括的に展望してみよう。

 この病気はその数の上から言っても、他の精神病とは比較的にならぬ程多く、全世界の精神病院は、何れも墺の収容人員の三〇乃至五〇%を本病者に依って占められて居る有様である。而も本病は人類と共に古き精神病でありながら、早発性痴呆なる病名は漸く五十年前、精神分裂病なる病名は二十年前に確定したに過ぎない。そしてその後引き続き今日に至るまで、真摯なる研究がなされて居るにも拘らず、その原因、病理、その他に不明の点が甚だ多く、今日に於いても、尚一つの謎の疫病たるの域を脱して居ない。

 それ故に本病の治療法の如きも殆んど言うに足るものがなく、何か医学上の発見発明があれば之を応用してみると言う様な有様で、有効なものがなく、不治として捨てて顧みられなかった。今本病の治療法を昔から今日に至るまで、統括的に展望してみると、その変遷の甚だしさに、一驚するのである。十七世紀までは彼等は病人ではなかった。神より呪咀せられたるものであり、悪魔の間謀であった。その為に彼等の治療法は拷問であり、火刑であった。そうでなくとも、彼等は罪人と共に暗い汚い獄舎に、鉄の鎖に繋がれていた。十八世紀の中葉に至って、初めて精神病院の曙光が見られる様になり、本病者も他の疾患と同じく保護され、治療されんとする気運に向かって来た。一九七二年、ピネルに依りて彼等は初めて、重き鉄鎖より開放せられ、精神病院の構造が根本的に改革された。然しながらその治療法の如きは、今日から考えると、想像も出来ぬ様な奇怪極まるものであった。例えば入院患者があれば、黒装束を着た人が太鼓を叩き、大砲を打って之を迎えた。その他の治療法としては、鉄鎖で引き上げて引き下したり、危険な掛橋を歩かせたり、暗い室に入れて鉦太鼓で脅したり、妖怪の姿をして取巻いたり、冷たい手で顔を撫でたり突然冷水を浴びせたりした。非道いのになると、壊れかかった船に乗せて、逆巻の大浪の中に突放したり、イラクサの束で鞭打ったり、立騰る火炎の上に釣り上げたりした。当時は精神病の病理が空想的な心理学のみ心配されて居たから、患者を感動させて、病気を治そうと考えてした事なのである。即ち精神病を精神的ショックに拠って治さんと言うのである。茲に面白い事は、後にも述べる如く、今日に於いては精神分裂病も一つの身体的疾患就中脳髄の疾患と見做し、之を身体的ショックに依って治療せんとして居るのであって、ショックに依る治療と言う点に於いては本病の治療は数百年の昔に還ったとも言えるのである。

 扨て以上の如き奇怪なる治療法は勿論今日に於いては、顧みられなくなったけれども、最近二十年前までは精神分裂病に対する治療法は、極めて消極的なものであった。医師は単なる病人の番人であり、何か合併症がある時のみ、その治療が行われるのに過ぎなかった。薬剤の投与も殆んどなく、あっても亢奮する時のみ鎮静剤が与えられるに過ぎなかった。然るに今より二十年前本病と共に三大精神病の一たる進行麻痺(脳黴毒)に対してマラリア療法が発見せられて以来、本病をも積極的に治療せんとする気運の醸成となり、或いは本病に対してマラリア療法を試みたり、ホルモンの発見と共にホルモンを、ビタミンの発見と共にビタミンを応用したりした。然し之等の試みは総て無効に帰した。従って当時の本病に対する治療法は、尚極めて消極的なものであって、只自然治癒を助成する程度に止まった。例えば患者には手淫その他の非衛生的なる行為を禁じ、通便に注意し、滋養物を摂取せしめ、種々なる作業を課して規則正しき生活を営ましめる。注射としては種々なる鎮静剤の他に、リンゲル氏液、カルシューム液などが種々なる理由の下に行われた。

 以上の如き消極的な治療法は唯一の方法として、十数年前までは必ず実施されて居た。処が十年前になって当時の消極療法と今日の積極療法との中間療法としての意義を有する持続睡眠療法が発見された。この療法は元来亢奮鎮静を目的としたものであるが、之を実施してみると、本後そのものが、全く治療する事も稀ならずであった。就中ルツツの方法は経口的には食物は全く与えず、肛門から眠剤を投与して、十日間も持続的に睡眠せしめるものであって、拒絶症の強い亢奮する患者には非常に有効であった。実際この方法で治癒した例を、私自身も経験して居る。然しながら本治療法は、手数の甚だ煩雑なるためと、生命の危険を招く擢が多いため、一般化するに至らなかった。下田教授の経口眠剤投与に依る持続睡眠は危険少なく又効果も少ない。

 斯る状勢の下にあって、華々しい治療成績を以って、一躍世に知られる様になり、現在に於いては、欧米は勿論全世界に大きな反響を呼んで居る積極的治療法がザーゲル氏に依るインシュリン・ショック壊法とメズーナ氏のカルジアゾール痙攣療法である。この両療法が殆んど時を同じくして誕生し、何れも身体的に激しいショックを起さしめる事に依り、亢奮患者は勿論昏迷患者をも治癒せしめんとする事は興味ある事である。又この療法は時には単独に時には同時に、或いは相前後して実施する事に依り、より良き効果を挙げ得る事も次第に知られる様になった。

 私自身も之等の方法を二、三の精神分裂病患者に実施してみて、その有効なるに驚いて居る。そして本病の治療法も遂に此処迄来たかと感嘆せずには居られないのである。今日では発病後一年以内の本病愚者にショック樺法を実施しないのは、治療上の一つの錯誤であるとさえ言う人がある位である。

 只之等の治療を実施するには、実に細心の注意を要する事と、非常に高価なる治壊のため特殊な患者でなければ、実施し得ない憾はある。又一見極めて積酷な治療であるため、患者は勿論、家族からの頑強な反対に遭遇する事も稀でないのである。実際カルジアゾール痙攣療法の如きも大丈夫と言う自信はあっても、あの猛烈な痙攣が襲い来り、顔面蒼白となって、息も絶え絶えに虚空を掴む時、責任ある医師として、実に悲愴な感に打たれるのである。又インシュリンにしても一度に百単位以上も注射して、患者は深き昏睡に陥り、体温低下、呼吸及び心音微細となる時この危険を前にして、何時之を中絶せしめるかに就いて、並々ならぬ苦痛と苦心とが伴うのである。勿論この両治療法が精神分裂病に対する最後的な決定的な治療法とはならぬかも知れぬ。今後相次いで、より有効、より簡単、より安価なる方法が発見されないとは言はぬ。又是非そうあって欲しいものではある。然しながら、今日迄殆んど全く不治とされて居た精神分裂病が適当に治療さえすれば、或る程度治り得ると言う印象を世人に与えた功績は永久に消えないものと信ずる次第である。

附記
 この発表後約一年にしてインシュリン・ショック療法及びカルジアゾール痙攣療法にも優る電気ショック療法が、最後的永久的の治療法として発見せられた。この事は本書の「精神病院に於ける電撃療法の意義」に於いて群述されて居る。





ささやかな土にはあれど新しく吾が得しものと手に採りてみる 太田清之
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随筆:狂人と常人
発行:昭和23年1月20日


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